入院している母が、やけに丁寧な口調で会話してるのですよ。
日常生活の話とかしてたら…なんか食い違う。
弟の話をしながら、、弟と一緒に暮らしていないし、苗字が違う、、という段になって
母の顔色が変わり、
「うまくいってないの?離婚するの?」と。
え、いや。
わたしと弟は姉弟ですから。一緒に暮らしてないし苗字も違いますから。
というくだりになって、、ようやく、わたしを義妹と勘違いしていることに気付いた。
これまで、記憶が曖昧になって時間の感覚が前後することは多かったけれど
わたしの顔を認知できなくなることは決してなかった母なのに。
まぁ、、確かに視力もかなり衰えているだろうし、インフル対策のため病院内マスク着用必須で顔が半分も見えなかった…という事情はあるものの、
なかなか衝撃でした。
ちらっとマスクをずらして顔をみせると、
「あら~なんだ!○○ちゃん(わたし)じゃないの!!」と。
「わたしだよ~!笑」
…まぁ、見えなかったのが大部分だったのかな。
それにしても、母とは、
会話のできる時間が、少なくなってきました。
会話が…成り立たないのですね。
彼女の脳の中では、記憶を管理しているいろいろな部分が壊れてしまっているようですし、なにか、現実とは異なる妄想の世界がつくりあげられているかのようです。
彼女は話します。
「…バスに乗るときに、ちょっと荷物を預けたんだけどね。その荷物がなくなっちゃったのよ。
「それでね、係の男の人…あの、ちょっと背の高い(身ぶりつき)人ね。わかるかしら?あの人にきいてみたんだけど…わからないっていうのよ。
大切なものを預けちゃダメだね。お金やらなにやら…いろいろ入ってるバッグだったのに。
本当に大変だったのよ…。」
どこか、旅行に行った時の記憶でもよみがえってるのかな?
とおもえば、また別のときには
「駐車場にいかなくちゃ
駐車場にね…バスに乗るから」と。
自分自身がどこに居るか…ということについても、話すたびに場所がかわります。そして
「ホラここには沢山ねずみがいるでしょ。
あっちにもこっちにも…今もほら、あっち(右側をさす)からこーやって…ねずみが駆け抜けていったでしょ」
母の弱った眼には、、どんな世界がみえているのだろう?
幻視や妄想は、足りない部分を補う脳の自己修復機能なのだと思っています。
認知症は脳が委縮して、脳の物理的機能がどんどん制限されてゆく…という認識。機能が欠けてつじつまが合わなくなってきて、、
失った記憶の欠片を補うために、現実とは異なるストーリーがつくられて、
もどかしい感情を補うために、さらに脚色される。
…そういうことなんだな、と感じます。
わたしが最寄り駅からタクシーで病院まできた話をすると、どうしてか彼女は、
自分が待たせているタクシーに乗らなければならない、というストーリーを思いついたようです。
「でも、お財布が無いからタクシー代どうしよう。2,000円もあればいいでしょ。ねぇ、○○ちゃん(わたし)あんたお金ある?かしてくれる?
「それか、今日はもう帰れないから、あんたん家に泊めてくれない?」
母は…脳がうまく働かないなりに、
・自分のいる場所が自宅ではなくて、容易には帰れない
・そして自分の大切な沢山のモノ(が入っているバッグ)を失くしてしまった
・けれど自分はおかねを持っていなくて、どうすることもできない
ということを伝えたいんだな、と思った…。
***
母の入院していた病院から長距離バスのターミナルまで、路線バスでおそらく10分くらいの道のりだったのですが、
20分待てばくるバスを待たずに、そのまま歩いてゆきました。
この日は比較的気温が高くておだやかに晴れた一日。西の空は底の平になったパープルブルーの雲をうかべて、綺麗な色合いで暮れてゆきました。
切ない気持の時にかぎって、ごく日常の風景が美しく見えるのはどうしてなんだろう?
バスのターミナルがある駅は、10代の頃まいにち高校に通った駅でもある。
そこから電車に乗って家に帰って。母の小言をてきとうに聴き流して。
永遠に続くとすら感じられ退屈におもっていたあの時間。
もう絶対に、あのときに戻ることはないのだなぁ…と。
「戻りたい」という気持ちはまったくない。
ただ、決して戻れない…という事実を認識する感情は、戻りたい気持ちとはまた違う感傷なのでした。
***
こういうことを書く気になるのに、1ヶ月くらいかかったよ。
人によって様々だろうけど、自分の場合、
本当にしんどいときは、状況説明するのもツライほどしんどいんです。
こうして、いろいろ書けるようになったということで…精神的に少しは落ち着いた、と。ま…誰かに同情して欲しいとか、そういうことでもないんすけどね。
記録用に書いておこうかな、という目的で書いてます。
基本的に、後悔というものはしない主義なのです。
過去を振り返って反省するのは大切なことだけれど、悔いている時間があったら、未来のことを考えなければ、と思う。
過去は変えられない。変えられるのは未来です。
これからの自分の時間を、母と過ごす時間を、よりよい時間にできるように
頭を振りしぼって、
でも無理はせず、マイペースでがんばって
幸せをもとめて生きて行きたいな、とおもいます。